「痛てて……」
「まったく、無茶しちゃって」
「しょうがないだろ、咄嗟に体が動いちまったんだからさ」
「もう……、ほら、動かないで」
 広い草原にポツポツと生える広葉樹の下、そこで私と彼は休息を取っていた。
天候は晴れ。風も穏やかで、狩りをするには丁度いい天気。実際、私たちもさっきまでモンスターたちを狩っていた。
今、彼は私に背中を向けて、そこに付けられたばかりの生傷を晒している。その傷に、携帯していた塗り薬を付けていく私。
私のせいで付けられた傷。私を庇ったせいで、彼はこの怪我を負ってしまった。
アーチャーである私は接近戦には弱い。遠距離からの先制で片を付けるタイプのこの戦い方は、懐に潜り込まれると圧倒的に不利になってしまう。
迫ってきたスナッチャーを退けられなかった。奴の間合いまで距離を詰められてしまった。奴の凶刃が私へと振るわれたその時、剣士である彼は咄嗟に私を突き飛ばして、代わりにその刃を身に受けたのだ。
おかげで私はそのスナッチャーを倒すことが出来、彼は深くはないが背中に大きく広がる怪我をしてしまう結果となった。
彼は「大したことない」なんて強がりを言っていたが、私がなんとか説得して、この木陰で休ませている。
さっきは「無茶しちゃって」なんてそっけない言葉を言い放ってしまったが、胸の内は申し訳なさでいっぱいだった。彼がその事を気にしてないのが、それに拍車をかけている。
「……ごめんね」
 溢れ出る自責の念が、自然と言葉になって出てくる。
「いいって、俺が自分でしたことなんだからさ」
「でも、この傷……。剣士にとって背中の傷は恥でしょ?」
 私の言葉を聞いて、彼は「そんなことか」と笑う。
「確かに背中の傷は恥って言われるかもしれないけどさ、」
 一度区切って、後ろ手でポン、と私の頭に手を乗せる。
「男にとって女の子を庇った傷は勲章ものなんだぜ?」
「…………莫迦」
 そんな軽口と、彼の手の温かさに、私の気持ちが少し軽くなった気がした。


 丁寧に、塗りムラが無いよう薬を塗っていく。塗りながら、私はあることに気付いた。いや、気付いたというより、感じたという方が正しいか。
「……意外」
「ん、何が?」
 我知らず言葉を漏らしていたことに気付いたのは、彼が尋ねたからだった。
「別に」
「何だよ」 「大したことじゃないから」
「気になるだろ」
「気にするほどのことじゃないし」
「それは聞いてから判断するから」
 言いたくない私と、聞きたい彼の応酬。だけど、こうなった彼は折れてくれない。最終的には私が折れなきゃいけなくなる。
遅かれ早かれ言う羽目になるのなら、さっさと言ってしまった方が気が楽だろう。
諦めて、先ほど抱いた感想を彼に述べる。
「その、あんたの、背中がさ……」
「うん?」
「意外と、その、おっきくて、逞しいんだな……って」
 尻すぼみになりながらも白状する。聞いた彼は若干顔を赤くしてこちらをまじまじと見つめてきた。
そんなに見ないで欲しい。こっちはあんたよりも数倍赤くなってると思うから。
やがて、彼はニヤニヤとしたしたり顔になって、
「……惚れたか?」
 なんて下らない質問をしてきた。
「うるさい」
 そうぶっきらぼうに答え、薬を乱暴に傷口に塗りたくる。
「ちょっ、痛、染みるっての!!」
 彼の悲鳴などお構いなしに、残りの部分へと豪快に薬を塗り広げていく。
「ほら、これでいいでしょ。薬が馴染んだら、狩りの続き、始めるわよ」
「まったく、ちょっとした冗談じゃないかよ……」
 ぶつくさ文句を言いながら、背中の傷の具合を確かめている。
「莫迦。あんたの言う冗談なんて、面白くも何とも無いの」
 本当に莫迦。「惚れたか?」なんて莫迦げた冗談なんて。
そう、莫迦げてる。
だって、私はもうとっくに……。



(2009/09/08 written by †宇佐見蓮子†)